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人生ハナモゲラ

人生なんて、世界なんて無意味。それでいい。それがいい。

ハナモゲラ語という音楽

 ぼくは音楽を聴くのが好きだ。小さい時から実家では毎日延々とJ-WAVEがかかっていたから、受動的ではあるが日常的に音楽を聴いていた。中学2年のときくらいになんちゃらチャートで上位に来るような音楽を興味本位で聴き始め、綱島駅TSUTAYAに毎週通うようになったのが最初だ。BUMP OF CHICKENを知ったのもこの頃だ。他にもアジカンとかくるりとか有名どころを登下校の2時間半くらいの間ずっと聴いていた。
 天邪鬼な人間だったからか、みんなが知らないような音楽を聴きたいと思うようになるのは中3のころだ。当時聴くのは専らロックだったため、テレビでは全く聴いたことのないミッシェルガンエレファントやフジファブリック、WRONG SCALEといったような邦楽ロックを聴いていた。当時は、ぼくの周りでこんな音楽を聴いているのは自分だけだと思い込んで無意味な優越感に浸ったりもした。そして同時に洋楽にも手を出し始める。テレビでは流れないような洋楽もJ-WAVEでは流れていたので、すぐに洋楽にもはまり込んでいった。当時よく聞いていたのは、ミッシェルに影響を与えたらしいという、クラッシュやドクターフィールグッド、ダムドそれにTahiti80やAsh、ニューオーダーといったようなバンドだ。ミッシェル関連以外は特になにか雑誌やらインターネットやらをみて曲を選んで聴くということはしなかったので、それらに共通点もない。なんとなくCDを借りて聴いてただけだ。(中学3年生のぼくにとってミッシェルガンエレファントは特別だった。)
 高校時代も中3の時とは根本的には変わらない。徐々に自分の好きなジャンルというのがわかり始め、パプロックやパワーポップといったロックのジャンルの曲を中心に広げていった。その後はヒップホップであったりR&Bであったり、アイドルだったりも選り好みせずに聴くようになる。高校時代になるとTSUTAYAだけでは聴きたい音楽が全然ないということに気付き始め1人で神保町に通うようになった。そのとき伊坂幸太郎の『砂漠』を読んで、大学入ったらラモーンズが好きなかわいい女の子と出会えるのかなとか思ったりしていた。
 おそらく一般の高校生よりも多くの音楽を聴いていたと思う。まあそれもそうで、ぼくは帰宅部だったし、かといって遊び呆けていたわけでもなく、それでいて勉強も大してせず、恋愛もしてなかったから、音楽を聴くかAVを見るくらいしかすることがなかったのだ。
 だけどぼくは大して音楽について喋る(語る)ということがそんなに好きではない。(嫌いではないし、今実際してるように、全くしないわけではない。)深くしない。その理由が最近やっと少しわかった。
 ここから本題に入ろうと思っていたのだが、すでに大分冗長になってきているので、この辺まで。また書きます。多分。結局ハナモゲラのハの字も出てこなかったな。